はじめに
品質保証は事業を安定的に継続させるために欠かせない基盤です。一方で、その基盤をどのように構築し、運用していくかについては、事業者ごとに判断が分かれる場面もあります。HACCPの制度化や各種認証の取得が進み、品質保証の仕組みは多くの企業で整備されてきましたが、「どこから手をつけるべきか」「今の取り組みは事業に合っているのか」と迷う場面は、取り組みの段階を問わず生じることがあります。
筆者は、食品事業者で品質保証に携わるとともに、サプライヤー監査などを通じて多くの事業者の品質保証体制の構築状況や運用の実態を確認してきました。その経験から、品質保証の着手点は一律ではなく、取り組みの成熟度や事業内容によって異なると考えています。本稿では、品質保証の取り組み状況をいくつかの段階に分け、それぞれの段階で考えるべき着手点を整理していきます。
1.品質保証は「進み具合」によって悩みが変わる
品質保証に関する悩みは企業ごとに異なります。担当者の力量や企業文化の違いといった個別要因によって生じる側面もあると考えられますが、実務を整理してみると、品質保証の取り組みが「どの段階にあるか」という視点から捉えることで、直面する課題や着手点の違いを整理することができます。品質保証には共通の正解があるのではなく、進み具合に応じて考えるべきポイントが変わるということです。
本稿では、品質保証の取り組み状況を大きく三つの段階に整理します。
第一は、HACCP対応を始めたばかりの初期段階です。この段階では、制度への対応そのものが中心となり、現場負担の増加や運用の定着が課題になります。
第二は、食品安全マネジメントシステムや各種認証を経て、運用が一定程度定着してきた安定段階です。仕組みは整っているものの、その内容や重点が事業の実態とずれていないかを見直す必要が出てきます。
第三は、事業拡大や海外展開、委託製造の増加などにより、従来の体制そのものを再設計する必要が生じる拡張段階です。この段階では、管理範囲や役割分担をあらためて整理することが求められます。
重要なのは、これらの段階の優劣を論じることではありません。いずれの段階にも固有の課題があり、別の段階で有効だった取り組みが、そのまま通用するとは限りません。品質保証に関する行き詰まりの多くは、自社の進み具合と合わない考え方や体制を当てはめてしまっていることに起因しています。
そのため、品質保証の在り方を考える際には、まず自社がどの段階にあるのかを冷静に捉えることが出発点となります。次章以降では、それぞれの段階において、どのような点から見直しや着手を行うとよいかを具体的に整理していきます。
2.【初期段階】HACCPに取り組み始めた企業
HACCPに取り組み始めた初期段階では、制度への対応そのものが大きなテーマになります。危害要因の整理や記録の作成、手順の作成・見直しなどが一度に求められ、現場の負担が急に増えることがあると考えられます。この段階では、品質保証が新たな業務として意識されやすく、事業との関係性が問われます。
この時期に見られがちなのが、HACCPへの対応を現場任せにしてしまうケースです。品質保証の関与が弱いまま進めると、運用水準や解釈にばらつきが生じやすくなります。筆者が工場の品質保証担当をしていた際には、品質保証が製造担当と一緒に現場に入り、危害要因の洗い出しや管理方法の検討を進めました。その結果、制度対応にとどまらず、製造側と管理の考え方を共有した、実効性のあるHACCPを導入することができました。
一方で、制度対応を急ぐあまり、手順や記録を過度に細かく定めてしまうと、現場では「守ること」自体が目的になりがちです。管理項目を増やすことが目的化すると、現場の納得感が下がり、結果として運用が形だけになってしまうことがあります。
HACCPは管理を増やすための仕組みではなく、事業を安定的に継続させるための枠組みであり、品質保証と製造が同じ目的を共有しながら設計することが重要です。
初期段階で重要なのは、HACCPを「やるか、やらせるか」という二択で捉えないことです。食品衛生法により制度化されていることをトップマネジメントが認識し、その前提のもとで品質保証と事業部門が連携して進めることで、現場への過度な負担を避けることができます。また、JFS-Bなどの認証取得を目標とすることで、体制整備の方向性を明確にすることも有効です。
HACCPへの取り組みを進めているにもかかわらず、トラブルや不具合が多発している場合には、個別事象への対応だけでなく、仕組み全体を点検する視点が必要になります。トラブル削減に向けた具体的な考え方や取り組みについては、食品事業者に役立つ品質保証・品質管理 第3回・4回のコラムで整理していますので、あわせて参照していただきたいと思います。
東京海洋大学 松本隆志先生コラム 食品事業者に役立つ品質保証・品質管理(第3回)フードサプライチェーンの品質保証 -原材料管理-
3.【安定段階】認証取得後に明らかになる課題
食品安全マネジメントシステムや各種認証を取得し、品質保証の運用が一定程度定着してくると、管理体制は一定の完成度に達した状態と位置づけられることがあります。この段階では、日常業務の中で品質保証が定常業務の一部として運用される一方で、その内容が現在の事業に適しているかを改めて見直す機会が十分に確保されないことがあります。仕組みが「ある」ことと、「十分に機能している」ことは必ずしも同じではありません。
筆者は、HACCP制度化後の食品事業者を対象に、品質保証体制の取り組み状況について調査研究を行いました。その結果、制度への対応や認証取得の有無にかかわらず、品質保証の取り組み内容や進捗には企業ごとに差があることが確認されています1)。このことは、一定程度体制が整った段階においても、品質保証の重点や運用の仕方が一様ではないことを示しています。
図1は、HACCP制度化後に食品事業者が取り組むべき主な品質保証項目について、実施状況を整理したものです。図から分かるように、HACCP対応や基本的な管理は進んでいる一方で、制度化後に求められる一部の取り組みについては、十分に実施されていないケースも見られます。安定段階にある事業者にとっては、こうした図を通じて自社の状況を客観的に確認し、取り組みが不足している項目を認識することが、次の改善につながる重要な出発点になります。
安定段階では、新たな制度や仕組みを追加するよりも、既存の取り組みを前提とした運用が中心になります。そのため、品質保証を全体として整理し直す機会が限られ、自社の管理が事業の実態とどのように結びついているのかを捉えにくくなることがあります。この段階では、品質保証を単に維持するものとして捉えるのではなく、現在の取り組みの中身を点検し、重点の置き方を見直す視点が重要になります。
その際に有効なのが、品質保証の取り組みを定量的に捉え、その結果を社内で共有することです。たとえば、クレーム件数や是正処置の対応状況、監査指摘の推移などを継続的に把握し、関係部門と共有することで、品質保証の取り組みが事業の中でどのような役割を果たしているかを可視化することができます。品質保証の活動を数値や事実として示すことは、社内の理解を深め、次の改善につなげる上でも重要です。
こうした状況を考える際の補助的な視点として、食品安全文化という考え方があります。食品安全文化は、規程や手順といった形式的な仕組みだけでなく、食品安全が組織の中でどのように理解され、日常業務の判断や行動に反映されているかに着目する概念です。食品安全マネジメントシステムを導入していても、その捉え方や浸透の度合いによって、運用のされ方に違いが生じ得ることが指摘されています2)。
安定段階で求められるのは、管理項目を増やすことではありません。図1を手がかりに自社の取り組みを俯瞰し、どの管理を優先すべきかを整理することが重要です。仕組みが定着したこの段階こそ、品質保証の取り組みを客観的に見直し、次の段階に向けた改善につなげる節目といえるでしょう。
4.【拡張段階】事業の変化に合わせた品質保証の再設計
事業の拡大や海外展開、委託製造の増加などにより、品質保証の対象や範囲が広がってくると、これまでの体制では対応が難しい場面が生じることがあります。この拡張段階では、「どこまでを品質保証として管理するのか」といった判断が重要な検討事項になります。
このときに注意すべきなのは、品質保証だけを事業に先回りして発展させてしまうことです。筆者は以前、上司から「事業と品質保証は両輪であり、品質保証は事業をナビゲートする存在である」という助言を受けました。品質保証は事業を管理するための仕組みではなく、事業が安全かつ安定的に進むための道筋を示す役割を担うものです。事業の実態と切り離された品質保証は、かえって現場や事業部門との間に摩擦を生むことがあります。
拡張段階では、国内事業で構築してきた品質保証の考え方をそのまま適用すればよいとは限りません。特に海外事業では、法規制、商習慣、人材、組織体制が異なるため、一律の管理を導入することが現実的でない場合もあります。筆者が行った調査研究では、国内事業の品質保証が成熟している企業においても、海外事業では事業の成熟度やリスクに応じて、段階的に品質保証を強化していくアプローチが有効であることが示されています3)。この研究では、海外事業の品質保証を検討する際の視点として、リスクアセスメント、サプライヤー管理、トレーサビリティとクレーム対応、人材育成、品質マネジメントといった項目が整理されています。これらは海外事業に特有の課題への対応であると同時に、国内事業においても、事業の拡大や構造変化に直面した際に参考になる視点といえます。拡張段階では、こうした項目を一度に整備しようとするのではなく、事業の実態に応じて優先順位を付けながら取り組むことが重要です。
拡張段階における品質保証の役割は、管理範囲を無制限に広げることではありません。事業の広がりに合わせて、品質保証として押さえるべきポイントを整理し、判断の軸を明確にすることが求められます。その意味で、品質保証は事業のブレーキではなく、進む方向を示すナビゲーターとして機能することが期待されます。
最後に
本稿では、品質保証の取り組みを段階別に整理し、それぞれの段階で考えるべき着手点を整理してきました。HACCP対応を始めた初期段階、運用が定着した安定段階、事業の拡大に伴い体制の再設計が求められる拡張段階では、品質保証に求められる役割や優先順位は異なります。
品質保証に関する悩みの多くは、取り組みが不足していることよりも、自社の状況と合わない考え方や体制を当てはめてしまっていることに起因します。自社がどの段階にあるのかを見極め、その段階に応じた視点で品質保証を捉え直すことが、無理のない改善につながります。
品質保証は一度整えれば終わりではなく、事業の変化に応じて見直し続ける必要があります。本稿が、現在の取り組みを振り返り、次の一歩を考えるための整理材料として役立てば幸いです。
出典
- 松本隆志(2022)、「食品製造者における品質保証に関する実態調査-HACCP 制度化後に取り組むべき品質保証に関する考察-」『日本食品科学工学会誌』69(9)、p.431-442。
- 松本隆志(2024)、「食品製造者における食品安全文化の醸成と品質保証の強化」、日本食品科学工学会誌、71(11)、P.427-440。
- 松本隆志(2026)、「食品企業の海外事業展開における品質保証の強化」、日本食品科学工学会誌、(印刷中)。
執筆者
松本 隆志 先生
松本隆志氏 略歴
京都大学農学部食品工学科卒業。博士(農学)。
株式会社中埜酢店(現Mizkan)を経て、味の素株式会社にて食品研究所品質評価・解析グループ長、品質保証部部長(食品事業担当)、川崎工場品質保証部長、タイ味の素品質保証部長を歴任。2018年10月から東京海洋大学 学術研究院 食品生産科学部門教授
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