はじめに
日々行われている微生物検査は、非常に難しい検査です。その理由は、試験の対象が生き物であることにあります。
微生物は増殖する、分布が不均一、ライフサイクルが存在するなどの特性を持ち、検査対象も多種多様です。
そのような微生物検査の結果をどのように担保して、信頼性のある結果を得るかが重要な課題となります。
本稿では、東京農業大学・五十君靜信先生のオンラインセミナー動画をもとに、食品微生物検査における試験法の考え方を解説します。実際のオンラインセミナーでは、本記事では触れきれない具体的な判断ポイントや実務での考え方について、より詳しく解説されています。
1. 食品検査で用いられる微生物試験法の概略
微生物検査が難しいとされる理由
試験の対象が「生き物」であること——これが微生物検査の特殊性の根本です。微生物は増殖し、分布は不均一で、ライフサイクルを持ち、変異も起こります。対象が細菌・真菌・ウイルス・原虫など多種多様であり、検出範囲はキログラム当たり数個からグラム当たり1010~1011個にまで及びます。
最も信頼性が高いのは「培養法」
このような対象を検査するにあたり、最も信頼性が高い試験法は、微生物を実際に増殖させて検査する培養法です。寒天平板培地や乾式培地などがこれにあたります。ただし、培養法には以下のような課題もあります。
- 使用する培地・培養温度・時間などの試験条件に結果が依存する
- 判定まで時間がかかることが多い
- 食品などの検体の影響を受けやすい
- 手技や判断が必要で、試験者の技能・熟練が求められる
つまり、培養法は信頼性の高い試験法でありながら、「どのような条件で、誰が行うか」によって結果が変わりうるという特性を持っています。
試験結果の信頼性を担保する3つの要素
五十君先生は3つの要素を挙げています。この3つを相互に担保することで、初めて信頼性のある微生物検査の結果が得られると述べています。

内部品質管理(IQC)のもと、コントロールされた条件で試験が実施されていること。ISO/IEC 17025などの規格に基づいた管理体制が求められること。

用いる試験法によって試験結果の信頼性が変わるため、試験法の選択が重要であること。「妥当性確認(バリデーション)された試験法」を使用すること。

技能が不十分だと、正しい結果が出ていても適切に判定できない場合があるため、技能試験(PT)への参加による継続的な技能維持が重要であること。
このような微生物検査においては、どのように結果の信頼性を担保するかが重要になります。
これらの考え方については、セミナーで詳しく解説されています。ぜひ動画をご視聴ください。
2. 微生物試験法の妥当性を確保するための考え方
「妥当性確認」と「性能検証」は別物である
妥当性確認(バリデーション)とは、分析法の持つ能力をマトリックス・分析種・実際の分析操作を一組として確認することです。一方、性能検証(ベリフィケーション)とは、すでに妥当性確認された試験法が自分の試験所でも同等の結果を出せるかを確認することです。
皆さんが実際の試験所で行うのは、妥当性確認ではなく、性能検証(ベリフィケーション)です。妥当性確認は開発者や第三者機関が行うものですが、その試験法を自分のラボで使う際には、自所での性能検証が必要になります。
— 五十君靜信 先生 オンラインセミナーより
「公定法で検査した」と言えるための3条件
公的な文書で示された試験法で検査しただけでは、公定法で実施したとは言えません。公定法で検査したというためには、以下の3点が揃っている必要があります。

採用する試験法が、公的文書で示された(妥当性確認された)試験法であること

内部制度管理などの組織的な管理体制のもとで決められた手順に従って試験が行われていること

適切な外部精度管理プログラム(技能試験)に継続的に参加していること
従来の日本では、公定法に示された培地と培養温度さえ使えば、公定法で行ったという認識が長い歴史の中で定着してしまっていました。しかしバリデーションの考え方から言うと、それだけでは公定法で検査したとは言えないのです。
— 五十君 靜信 先生 講演より
微生物試験法の妥当性を確保するための考え方については、セミナーで詳しく解説されています。ぜひ動画をご視聴ください。
3. 試験法選択の考え方――「目的適合性」という視点
微生物検査には3つの種類があり、目的に合わせて試験法を選択する
「どの試験法を使えばよいか」を考える前に、まず「何のために検査するのか」を明確にする必要があります。そして、食品の微生物検査には目的があり、その目的によって採用する試験法も異なります。同じ「微生物検査」でも求められる役割と性能が全く異なります。

問題の程度・実態を知るための調査。
→目的に応じた柔軟な試験法を選択

製造工程で矯正的措置をとる必要があるか決定するため、あるいは微生物レベルの検証。迅速性・簡便性が重要。
→第三者認証を受けた迅速簡便法が適している

法律上の命令遵守の決定、または食中毒の原因究明。
→公定法(ISO 17025認定機関で実施)一択
その目的によって採用する試験法、あるいは試験のやり方が変わってくるということを理解しないといけない。日々の検証の検査に公定法を採用する必要があるのだろうか?——その結論が、目的に合った迅速簡便法を活用した方がその目的に合っているのではないかということになるわけです。はっきりと区別していただきたいのは、コンプライアンスの適合性。こちらはもう専門の検査機関で、管理体制のもとに正しい結果が得られているかを公定法による検査を行うというのがポイントになってきます。
— 五十君 靜信 先生 講演より
迅速簡便法を選ぶ前に知っておくべきこと—
迅速簡便法の導入には、以下2つのステップが必要になります。
ステップ 1:認証の種類の確認
ステップ 2:自社の検体が認証の対象食品に含まれるのか確認
ステップ 1:認証の種類の確認
自社で妥当性確認を一から実施することは、現実的には非常に困難です。そこで国際的に活用されているのが、第三者認証機関による妥当性確認です。ただし、認証の種類によってデータの有効性の位置づけが異なります。
| 第三者認証を受けた試験法の種類 | 試験法の位置付け | データの有効性 |
|---|---|---|
| AOAC OMA / AFNOR/ MicroVal / NordVal | 第三者機関により参照法※と 妥当性確認されている | 参照法と同等に公的な基準判定に利用できる |
| AOAC PTM | 工程管理を始めとする自主検査等、限定された目的で使用可能 | 法的判断を伴う試験法としては用いられない |
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ステップ 2 :自社の検体が認証の対象食品に含まれるのか確認
認証を取得しているかどうかだけでなく、“どの食品について認証されているか”の対象の確認が不可欠です。五十君先生も講演の中で、『残念ながらこのリストにない場合、妥当性確認は行われていないという扱いになりますので、ご注意をいただきたいと思います。』と特に強調しています。
| 製品名 | 認証の種類 | 対象 | 培養温度 | 培養時間 |
|---|---|---|---|---|
| ペトリフィルム™ 生菌数迅速測定用プレート(RACプレート) | AOAC OMA | 食品および環境検体 | 32 ± 1℃ | 48 ± 2時間 |
|
乳製品・魚介類 事例:バニラアイスクリーム、低温殺菌無脂肪乳、生スワイ、生マグロ、生海老、むき海老 |
32 ± 1℃ | 24 ± 2時間 | ||
|
上記以外の全食品 事例:食肉加工品:牛挽肉、豚挽肉、鶏挽肉、丸鶏すき液、農産物:チェリートマト、冷凍ブルーベリー、杏、ドレッシング:クリーミーサラダドレッシング、穀物:フレッシュパスタ |
35 ± 1℃ | 24 ± 2時間 | ||
| AOAC PTM | 生挽肉:牛肉、豚肉、七面鳥。生鮮:スワイ、マグロ、タイガーシュリンプ、鶏の死骸の洗浄液、皮むきしやすいエビ、チェリートマトウォッシュ、冷凍ブルーベリー、メディテラネ、アプリコット、フレンチユサラダドレッシング、生パスタ、バニラアイスクリーム、粉乳パウダー、低温殺菌脱脂乳、環境表面 | 35 ± 1℃ | 24 ± 2時間 | |
| AFNOR | 粉末乳製品以外の乳製品 | 30 ± 1℃ | 28 ± 2時間 | |
| 粉末乳製品(粉ミルク) | 30 ± 1℃ | 48 ± 3時間 |
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ネオジェンジャパン 食品衛生検査関連製品 第三者認証一覧より抜粋
試験法は微生物試験の場合、特に対象となる食品の種類によってその結果が左右されてきております。今の第三者認証というのは、どの食品について認証しているという形をとっています。ですから、自分の試験を行う対象がそのリストに入っているかどうかを確認するということ——これを必ずしていただかないといけないということになります。残念ながらこのリストにない場合、妥当性確認は行われていないという扱いになりますので、ご注意をいただきたいと思います。
— 五十君 靜信 先生 講演より
食の安全を実現する試験法選択の考え方
セミナー動画では、より具体的な考え方や実務での判断ポイントについて詳しく解説されています。試験法選択の考え方をより深く理解したい方は、セミナー動画全編をぜひご視聴ください。
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登壇者
五十君 靜信 先生
ご略歴
東京大学大学院を修了後、国立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)に入所。国立感染症研究所食品衛生微生物部食品微生物室長、国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部長などを経て、2016年より東京農業大学応用生物科学部教授。2022年より東京農業大学食品安全研究センターセンター長。
厚生労働省・食品衛生管理の国際標準化に関する検討会座長や、日本の食品衛生試験法のスタンダードである食品衛生検査指針微生物学編2015年版、2018年版の編集委員長を務めるなど、日本の食品衛生における微生物検査の国際整合性のある標準化の実現をリードする第一人者である。
その他、複数のISO国内対策委員長なども務め、国際的な活動実績も多数。
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