食品業界における品質と安全性の追求(2024年第1回)

品質はこうして守られる

食品企業における品質保証・管理の重要性

松本 隆志 先生

東京海洋大学 学術研究員
食品生産学科部門教授

松本隆志氏略歴
京都大学農学部食品工学科卒業。博士(農学)。
株式会社中埜酢店(現Mizkan)を経て、
味の素株式会社にて食品研究所品質評価・解析グループ長、
品質保証部部長(食品事業担当)、川崎工場品質保証部長、
タイ味の素品質保証部長を歴任。2018年10月から
東京海洋大学 学術研究院 食品生產科学部門教授

はじめに

筆者は食品企業で品質保証や品質管理などの業務に従事し、その後、大学に着任してから5年以上が経過しました。
このコラムのタイトルは、筆者が食品企業に在籍していた当時、難しい課題や問題に直面しながらも、やりがいを見出し、モチベーションを維持していた経験から着想を得ました。

大学に着任して以来、多くの食品企業の品質関連に携わる方々とお話しをする機会をいただき、彼らが同じような課題や問題に直面していることに気づきました。本稿では、品質保証と品質管理(以降、品質保証・管理)に携わる皆さんにエールを送るつもりで、筆者がかつて考え、悩んだこととそれらを解決するためのヒントを共有します。

商品化への献身:品質保証・管理の真価

品質保証・管理に従事していた時、自分が関わった製品が市場で受け入れられ、お客様から喜びの声をいただくことが最大のやりがいでした。本社の品質保証の立場からは、品質リスク評価のアセスメント会議に参加し、製品が市場に出るまでのプロセスに深く関与しました。一方、工場における品質保証・管理に従事していた時は、検査や出荷判定を経て、製品が広く愛される商品になることを目の当たりにすることでした。

かつてのコラムで“品質保証は事業のナビゲーターである”という上司からの助言を紹介しました。開発、事業、製造の各部門からの感謝を直接受けることはほとんどありませんでしたが、それでも筆者は事業に不可欠なナビゲーターとしての役割を果たしたと自負しています。自動車教習所で助手席に乗っている教官の如く、品質保証・管理の仕事は事業にブレーキをかけていると誤解している方がいるかもしれませんが、実際には事業の安全を守る重要な任務を担っていると思います。

特に、開発、事業、製造の分野でご活躍の皆様、製品が/市場に投入される際には、品質保証・管理の担当者への感謝の気持ちを伝えることが、今後の業務の発展に確実に寄与するでしょう。

品質保証・管理の課題と解決策:実践からの学び

品質保証・管理にはさまざまな課題と問題が伴います。筆者が過去に直面し、解決に取り組んだ課題・問題を次にご紹介します。詳細な内容を提供することはできませんが、一般的な原則とヒントにはなると思います。解決した場合、筆者一人の力ではなく、組織として協力した結果であることは言うまでもありません。また、解決に至らなかった事例もあり、そこから得た教訓を併せて共有します。

1

安全性の重さと製品化や出荷の速さに関する重要な選択

「食品安全や品質は重要ですか?」と食品企業の方に質問したら、いいえと答える人はいないでしょう。それでは、ある状況を設定しましょう。開発や事業、製造の担当者に「製品化や出荷までの時間がかかりすぎる」と言われたとします。それに対し、「それでは必要な手続きや工程を省略してもいいでしょうか。食品安全や品質が担保できませんけど。」と逆に質問したら、答えはいいえでしょう。
例えば、新製品導入時の評価や出荷判定時の検査・分析を例にすると、食品安全と品質を担保することは前提として、「細かいチェック項目が多く、時間がかかるので、なんとかならないのか。」ということが真意でしょう。そこで怯んで妥協し、仮にやるべきことを省略して、それが常態化するようなことがあれば、それこそ不正です。品質関連の基準やルールは、過去の食品安全に関わる事件や自社のトラブルへの対策などによって作成・改訂されてきたものであり、厳しくすることはあっても、緩くすることは容易ではありません。それを関係部署に理解してもらうことが大切です。
基準やルールの浸透に関しては、2022年度の人材育成に関するコラム(2022年第5回、第6回)をご参照ください。
一方で、必要のない検査・分析やチェックの項目があれば、根拠をもって簡略化や削除をすることを考えてはいかがでしょうか。

2

認証規格の取得とモチベーションの維持

食品工場において、HACCPシステムやFSMS※1、さらにはFSSC 22000やJFS-CなどのGFSI承認認証規格※2を導入した後、品質保証・管理担当者のモチベーションが下がったり、それ以外の関係者の関与が薄れたりすることはありませんか。その理由の一つには、認証規格の取得が目的となっていた可能性があります。
また、認証を取得した際には達成感とともに関係者が評価されますが、その後の維持や更新に関しては、すでに認証を有していることが常態化し、その重要性が軽視されがちになるのかもしれません。筆者は、国内の食品工場でFSSC 22000を、海外法人ではISO 9001およびHACCPなどを用いて、品質面での組織のマネジメントを考えました。これにより、部署の人と協力して、クレームやトラブルの数を減少させるという目標を達成することができました。
クレームやトラブルが発生しない、あるいは減少する場合、それが品質保証・管理担当者の努力の成果なのか、単なる偶然なのかを判断するのは難しいことがあります。しかし、システム導入後の改善点を定期的にレビューし、担当者の貢献を評価することは、モチベーションの維持に効果的だと考えます。

※1 FSMS:Food Safety Management System、食品安全マネジメントシステム
※2 GFSI:Global Food Safety Initiative、世界食品安全イニシアチブ

3

食品安全や製品規格を遵守することが当たり前であること

読者の皆様の企業において、食品安全が保証された製品を製造することや、製品規格に合致したものを製造することを“やって当たり前” と考える風潮はないでしょうか。その難しさを、工場に従事されている方はご理解いただけると思います。良い歩留まりと目標生産数の達成は、製造に関わる人々にとって評価の対象ですが、品質保証に携わる人々の仕事の成果は、しばしば見過ごされがちです。
上記の2に関連して、クレーム・トラブルの削減や他の指標を含めて成果を数値化して、それを担当者自らがレビューなどで伝えることも重要な業務の一つであると思います。

4

広範な業務

業務の範囲が多岐にわたり、それを遂行するには知識や経験、技術が必要なので、品質保証・管理の仕事はとても難しく重要です1,2)。他の部署の人は意外と理解していないものです。ある企業の担当者の方は、その部署の存在すら知らない人がいると嘆いていました。マネジメントシステムのレビューや基準・ルールを説明する機会などに、根気強く業務内容を紹介するような活動をされるのはいかがでしょうか。
5

全社的な品質保証活動

「食品安全や品質は重要だと思うけど、それは品質保証の担当の仕事でしょう。」ということを他部署の人から言われたり、感じたりしたことはありませんか。
筆者は大学に着任後、食品リコールに関する研究を継続しています。そのデータ分析から、回収理由をサプライチェーンの各段階で分類し、全リコール件数に占める割合を計算した結果、原材料に起因するものが6.6%、企画・設計段階で15.7%、製造工程(包装を除く)が18.0%、包装工程が59.7%であることが明らかになりました(2022年の国内リコールデータに基づいて筆者が算出)。
これは、リコールは製造工程だけでなく、他の段階でも発生していることを意味しています。
筆者が実現できなかったことですが、サプライチェーンに関わる全員が品質関連の指標を評価に含めるべきだと考えています。
これにより、関係者がより一層、自分ごととして品質向上に取り組むことになるでしょう。
6

人材育成​

品質保証・管理の部署は間接部門です。良い人材を育成したら、他の部署に引き抜かれ悔しい思いをすることがありました。 上記の4に関連して、業務内容を明確に説明し、品質保証・管理の職務が誰でもできる簡単な仕事ではなく、育成には時間と労力が必要であることを伝えることが重要です。また、企業における人事異動を考慮し、部門全体が業務を遂行できる体制を構築することが望ましいでしょう。人材育成に関しては、拙著をご参考にしていただけましたら幸いです(2022年第5回第6回) 。

最後に

品質保証および品質管理の分野でご尽力されている読者の皆様に共感をお寄せいただき、役立つ情報としてご活用いただければと願っております。また、これらの業務に直接関わっていない方々も、品質保証・管理の不可欠性及びこれにまつわる課題についての理解を深めていただけたならば、これ以上の喜びはありません。すべての情報を細部にわたってご紹介することは叶いませんでしたが、上述の“品質保証・管理の課題と解決策:実践からの学び” は、品質を高めるための核心的な要点を含んでいると信じています。

出典

1) 松本隆志 (2021)、「食品製造者における品質保証人材の育成に関する質的研究-食品安全を含む品質保証に関わる人材の教育の実態調査と考察-」、『日本食品科学工学会誌』、 68(3)、p.138-147。
2) 松本隆志 (2022)、「食品製造者における品質保証に関する実態調査-HACCP 制度化後に取り組むべき品質保証に関する考察-」『日本食品科学工学会誌』69(9)、p.431-442。
3) 厚生労働省サイト、「公開回収事案検索」、
https://ifas.mhlw.go.jp/faspub/IO_S020501.do?_Action_=a_backAction(最終閲覧日2023年12月26日)。

松本先生コラム一覧