Home » 学術・技術情報 » 松本先生コラム トップページ » 2024年 松本先生コラム第2回
東京海洋大学 学術研究員
食品生産学科部門教授
農林水産省による農林水産物の輸出促進の施策により、2021年度の海外への輸出額が初めて1兆円を突破し(約1 兆1626億円)、2022年度はさらに増加して約1兆3,372億円に到達しました1)。2025年度は2兆円、2030年度は5兆円の目標が掲げられています。
国内における少子高齢化に伴い国内市場が縮小する中で、輸出促進は国内産業の発展のために不可欠な戦略と位置付けられています。それに関連して、農林水産省によって2022年度から加工食品国際標準化緊急対策が進められています。
一方で、国内の食料自給率は2022年度に約38%(カロリーベース:国民1人1日当たりに供給している全品目の熱量の合計に占める国産の熱量の割合)2)で、2022年度の輸入額は輸出額の約10倍に相当する約13 兆4,224億円であり、輸入食品に大きく依存する状況です。
筆者は食品企業在籍時に、国内外において開発・品質保証に従事し、食品の輸出入に関わりました。それによって得られた経験や知識と、国内外の法規の動向を踏まえて、今回は食品の輸出入における留意事項と実施内容を述べたいと思います。
二十年余前、2002年に輸入された食塩に含まれていた固結防止剤が海外では認可されていましたが、国内で未認可であることが判明し、数多の食品製造業者が影響を被りました。この年には、輸入された農産物において、基準値を超える残留農薬が頻繁に検出される事態が発生しました。前述の食品添加物は、その広範囲な影響と海外での広汎な認可状況を踏まえ、事象発生の年内に当該の固結防止剤は国内で使用が認可されました。一方で、残留農薬問題に対しては、2006年にネガティブリスト制度からポジティブリスト制度へと移行し、これにより対象は農作物、畜産物からすべての食品に、また農薬250と動物用医薬品33から農薬など760項目に拡大されました3)。
これらの事案がメディアで報道され、消費者の食品安全に対する意識が高まる一方で、各国間に法規の違いがあることが注目されました。
加工食品の製造事業者が海外から原材料を輸入する際に、社内において検査体制を構築することによって品質保証を強化することは意味のあることであると思います。しかし、全数検査をすることはできないので、検査のみで安全性を担保することは困難であり、食品添加物や残留農薬(あるいは動物用医薬品)など、日本との法規の違いに関して理解を促し、品質監査などを通じて信頼できるサプライヤーと取引することが重要です。
さて、毎年、輸入食品監視指導計画に則り、輸入食品の検査が実施されています。このうち、違反の可能性が高いとされる商品を対象とした命令検査(輸入の都度、輸入者に検査受託を命じるもの)において、2023年4月から9月までの中間結果では、30,942件中違反率はわずか0.03%に留まりました。2022年度の輸入食品リコールは98件(注1)に上りますが、検疫を逃れたのは全体の約0.25%、6件に過ぎず、検査が有効であり、機能していると考えます。残りの92件は食品表示法に違反していました。保税地域での検疫では食品表示は検査対象外ですから、輸入事業者は国内外の表示規則の違いに注意し、市場流通前に国内向けの表示への変更が求められます。
食品の輸出に際しても、輸入の場合と同様、対象国の法規との差異に配慮することが不可欠です。食品添加物の他に、アレルゲンや遺伝子組換えに関する法規の違いにも留意する必要があります。
筆者は2015年から2018年までの期間、タイに駐在しました。この間、2016年にはASEAN経済共同体の統合が進められるなかで、食品添加物の国際基準である、Codexの調和に向けた取り組みが開始されました。タイ国の食品医薬品庁(FDA)と複数の食品企業が参加する会議が定期的に開催され、Codexとの調和を図るためにタイ国の法規の見直しが進められました。ASEANの近隣国でも同様の取組が行われました。上述の通り、国内においても加工食品の国際標準化が進められており、Codexとの調和や国際標準化は世界的な趨勢であると考えます。
国内の加工食品の国際標準化緊急対策の成果として「海外輸出規制プラットフォーム」(一般財団法人食品産業センターによる)が公開され、各国で認可されている食品添加物を検索することができるため、輸出促進に有効です(2024年3月時点で、対象国、食品添加物の対象範囲を拡大中)4)。これまで、法規の違いに関して主に食品添加物の例を挙げてきました。
実際、海外への食品輸出を考える際には、プロセスと手順の違いをまず理解することが重要です。筆者が食品企業に勤務していた際、品質保証担当として食品の輸出入業務に携わる機会がありました。例えば、アメリカへの低酸性食品(pH >4.6、aw >0.85)輸出には、アメリカのFDAによる工場登録、ボツリヌス菌の接種試験5)、殺菌管理主任技術者の資格取得など、多大な時間とコストが伴いました。タイへの輸出ではタイ国FDA への製品許可申請が必要であり、欧米向けの水産物輸出にはHACCPへの対応6) が求められました。これらのプロセスと手順に関しても、食品添加物などの標準化に続いて整理されることが期待されます。
現段階では、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)7) の提供する情報が非常に有用であると思います。輸出先が多岐にわたり、自社での調査や手続きが難しい場合には、信頼できる商社を通じて輸出するプロセスと手順もあるでしょう。
2015年から2018年にかけてタイに駐在していた期間中、アレルゲン表示、トランス脂肪酸の規制導入、特定の着色料使用の禁止など、複数の法律施行がありました。これらの法改正は、タイ国内のみならず輸出入活動にも顕著な影響を及ぼし、開発スケジュールの見直しを余儀なくされました。最近では、2023年2月にEUの包装および包装廃棄物規則がWTO加盟国に通報されました8)(注2)。容器包装についてリサイクルやリユースの促進や包装廃棄物を促進させることを目的とした規則で、早ければ2024年前半採択予定であり、規則発効後18か月以降、要件により順次適用開始予定と公表され、日本からの輸出品にも影響があると考えられます。法規は各国で違いがあるだけではなく、新しい法規の施行や既存の法規の改正が行われ、それに対応することに難しさがあります。
先に、輸出において各国間でプロセスや手順に違いがあることを述べました。その違いを理解した上で、輸出入事業を展開するためには、食品添加物など、各国の法規の違いや改正情報を収集し、それに適切に対応することが不可欠です。今後、日本のみならず世界各国の間で法規の国際標準化が進展することを切に望みます。
注1)2022 年に国内で発生した食品リコールの総数は2,390 件(筆者調査)
注2)WTO:World Trade Organization(世界貿易機関)
出典
1) 農林水産省サイト、「農林水産物輸出入情報・概況」、
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kokusai/#r(最終閲覧日2024 年3月4日)。
2) 農林水産省サイト、「日本の食品表示法自給率」、
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html(最終閲覧日2024年3月4日)。
3) 厚生労働省サイト、「残留農薬」、
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/zanryu/faq.html#h3_q5( 最終閲覧日 2024年3月12日)。
4) 一般社団法人 食品産業センター、「海外輸出規制プラットフォーム」、
https://yushutukisei.com/(最終閲覧日2024年3月4日)。
5) 公益社団法人 日本缶詰びん詰レトルト食品協会、
https://www.jca-can.or.jp/~fdainfo/members/link.html(最終閲覧日2024年3月4日)。
6) 厚生労働省、「HACCP 関連制度 対米、対EU 等輸出食品の認定制度」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/other/ninteiseido.html(最終閲覧日2024年3月4日)。
7) 日本貿易振興機構(JETRO)サイト、
https://www.jetro.go.jp/(最終閲覧日2024年3月4日)。
8) 農林水産省サイト、「輸出先国における容器・包装に関する規制」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_process/k_packaging.html( 最終閲覧日 2024年3月12日)。