Home » 学術・技術情報 » 松本先生コラム トップページ » 2024年 松本先生コラム第4回
東京海洋大学 学術研究員
食品生産学科部門教授
食品企業では、安全性と品質に関わる様々な検査が行われています。これらの検査は、原料の受け入れ、製造工程、製品の出荷、および原料や製品の安全性の確認など、消費者の信頼を得るために非常に重要です。
FSMS(食品安全マネジメントシステム、Food Safety Management System)であり、GFSI(世界食品安全イニシアチブ、Global Food Safety Initiative)承認認証規格であるFSSC 22000のVersion 6 1) では、食品安全に関する検査を行う場合はISO17025に則り検査することが要求されています。
同様に、JFS-C のVersion 3.1 2) においても、食品安全に重大な影響のある試験はISO/IEC 17025に準じて行わなければならないとされています。つまり、食品安全に関わる検査に求められるレベルが向上しています。筆者は前職で研究部門、品質保証部門、工場に在籍し、検査に関わる貴重な経験や学びを得ました。
今回はその経験や学びを踏まえ、食品安全マネジメントの視点から検査について考えます。
筆者が前職で研究部門在籍時、グループ長(課長職)として規格ガイドライン(社内ルール)を導入し、社内表彰を受けました。それまで社内では、新規原料の採用や新製品導入時に、原料規格、製造規格(社内で管理するための製品規格よりも厳しい規格)や製品規格(対外的な規格)を設定する際に、都度議論を行っていました。原料の種類が多く、製品のカテゴリーは多岐にわたっていたため、規格の設定や議論に時間と労力を要していました。当時、筆者の研究部門のグループでは、残留農薬、GMO、アレルゲン、微生物の同定などの検査法の開発を行っていました。そこで筆者が中心となり、本社品質保証部門、工場品質保証・管理、原材料調達、研究開発部門の担当者とワーキンググループを結成し、約1 年にわたり検討を重ねて社内ルールとして規格ガイドラインを導入することができました。その後、改訂を重ねて現在も使われていると聞いています。
規格ガイドラインの作成にあたり、膨大な情報を入手し参考にしました。食品衛生法第11条の「食品、添加物等の規格基準」がベースとなりましたが、基準が設定されている食品の種類が十分ではありません。また、海外から輸入する原料や製品を考慮する必要がありました。コーデックス、アメリカFDA、EUの法規も参考にし、それまで社内で設定していた原料や製品の規格と整合性を取ってルールを作成しました。
規格ガイドラインの導入により、新規原料の採用や新製導入時の規格設定が早くなりました。基準ではなくガイラインにした理由は、法規よりも厳しい内容であるため、事業の妨げにならないように(法規を遵守する範囲で)ガイドラインを逸脱する場合に議論の余地を残すためでした。しかし、筆者が規格設定の議論に関わる中でガイドラインを逸脱し議論することはほとんどありませんでした。また、定量的に効果を図ることはしませんでしたが、原料や製品の規格において安全性と品質のハードルを設けたことにより、食品安全マネジメントの視点で品質の安定化やトラブルの低減に貢献したと考えています。
社内でどのような検査法を立ち上げるべきか、また継続するべきかという課題に直面しました。前者については、研究部門で検査法の開発を担っていた当時のことです。国内だけではなく世界の情報を収集していると、残留農薬やGMO(遺伝子組み換え作物)、アレルゲン、アクリルアミド、トランス脂肪酸、放射性物質、危害微生物など安全性や品質に関わる項目が次々と候補に挙がりました。それらの全ての検査法を開発したわけではありませんが、現在でも継続されているものがある一方、導入後に必要性がなくなり実施しなくなった項目や、導入後に全く検出されずに延々とN.D.(Not Detected)の結果が続くものもありました。検出されないのは安心できる結果かもしれませんが、継続すべきかどうか判断に迷うものです。これらの検査法の開発と導入は、必要性と頻度によって決めるべきだと思います。検査項目によっては受託検査機関に依頼するという選択も考慮すべきでした。
次に、実施してきた検査項目の継続の是非を判断することの難しさについてです。その判断にはリスク評価とバランスの取れたアプローチが必要です。例えば、ヒ素や重金属の分析を行っている企業も多いかと思いますが、これらが検出されて問題になることは稀です。顧客が求めるのであれば継続するしかありませんが、検出されない場合に継続すべきかやめるべきかどうかは難しい判断です。これまで検出されなかったからといって、次も検出されないという保証はありません。環境や原材料の変化によりリスクが増大する可能性があります。筆者が現在も担当であるとして、対象が原料であれば、過去の検査結果の実績から定期的なリスク評価を行い、原料サプライヤーの信頼性(取引の状況や品質監査の結果)から考えて、リスクが低ければ検査をやめるか、頻度を下げることを検討するでしょう。
冒頭で例として挙げたように、FSSC 22000(Version 6)では食品安全に関する検査を行う場合はISO 17025に則り検査することが要求されています。継続すべきと判断された検査項目については、従業員の計画的な教育と、内部精度管理および外部精度管理による精度の維持・向上が必要です。
検査のあり方を見直す際には、内部だけでなく外部の専門機関や他の企業の取り組みも参考にすることが有益です。例えば、他の企業がどのような検査項目を導入し、どのようにリスク評価を行っているかを調査することで、
自社の検査体制の改善につながることがあります。さらに、業界全体の動向や最新の研究成果を把握することで、自社の検査体制をより強化することができます。
検査の自動化やデジタル化も今後検討すべき課題であると思います。最新のテクノロジーを活用することで、効率的かつ精度の高い検査が可能となり、リスクを最小限に抑えることができます。例えば、IoT技術を活用してリアルタイムでデータを収集・分析することで、異常を早期に検知し、迅速な対応が可能となります。さらに、ビッグデータ解析を活用することで、過去のデータからリスクの兆候を見つけ出し、予防的な対策を講じることも可能になるでしょう。
内部コミュニケーションの強化も重要なポイントです。品質保証部門と生産部門、研究開発部門など、異なる部署間での情報共有を円滑に行うことで、全社的なリスク管理体制を構築することができます。定期的な会議やワークショップを開催し、各部門の意見や課題を共有することで、より実効性のある検査体制を確立することができます。
消費者の信頼を得るためには、企業がどのような検査体制を持ち、どのようにリスクを管理しているかを公開することも効果的です。食品安全マネジメントシステムでは継続的な改善が求められます。市場や法規制の変化に対応し、常に最新の情報を収集し、適切な対策を講じることが重要です。また、従業員の意識向上や教育も不可欠です。食品企業全体で食品安全に取り組むことによって消費者の信頼を獲得することで、企業の持続的な成長につながるでしょう。
出典
1) FSSC 22000 Version 6,
https://www.fssc.com/schemes/fssc-22000/documents/fssc-22000-version-6/(2024年7月5日最終閲覧).
2) JFS-C 規格文書(食品・化学製品の製造セクター)〔組織に対する要求事項〕Ver. 3.1,
https://www.jfsm.or.jp/scheme/documents/index.php(2024年7月5日最終閲覧).