Home » 学術・技術情報 » 松本先生コラム トップページ » 2024年 松本先生コラム第5回
東京海洋大学 学術研究員
食品生産学科部門教授
近年、食品ロス削減や消費者の価値観の変化、企業の取り組み強化など、さまざまな要因により、賞味期限への関心が高まっています。例えば、2019年に施行された食品ロス削減推進法は、食品廃棄を減らすための一環として期限切れ食品の取り扱いに注目が集まりました。また、農林水産省が推進する農林水産物の輸出促進施策により、食品事業者の間では賞味期限の延長が検討されています。さらに、包装技術や製造技術の進歩によって食品の安全性が向上したこともあり、消費者庁は2025年度中を目標に、賞味期限の算定基準の見直しを進めています。賞味期限は、食品の安全性と品質を保証し、消費者の信頼を維持するために欠かせない要素であり、今後さらにその重要性が増していくと考えられます。本稿では、食品ロス削減や輸出促進の文脈で注目を集める賞味期限について取り上げます。
※『 賞味期間』とは、製造者が安全性や味・風味など、すべての品質が維持されると保証する期間を指し、『賞味期限』とはその賞味期間の終わり、すなわち最終日を示します。しかし、本稿では『賞味期間』と『賞味期限』を同義とし、統一して『賞味期限』という表現を使用しています。
筆者は前職で品質保証の役割を担い、賞味期限設定のルール作成に関わりました。その経験から、賞味期限の設定には多くの難しさが伴うことを実感しました。
例えば、品質変化の温度依存性を利用したアレニウス式による賞味期限の推定方法があります。この方法では、化学反応の速度が温度によってどのように変化するかを定量的に表現し、品質劣化の進行速度を推定します。具体的には、仮に常温を25℃と設定する場合、35℃および45℃で保存試験を行い、各温度での劣化速度を測定します。
その後、得られたデータを基にアレニウス式を適用し、 劣化速度の温度依存性を算出します。これにより、異なる 温度条件での品質保持期間を予測でき、最終的には常温(25℃)での賞味期限を推定することができます。この手法 は、温度が高くなるほど劣化が加速する性質を持つ食品に 適しており、保存試験の結果を短期間で得ることができる 利点があります3)。しかし、複数の要因が異なる品質変化の挙動を示す場合、推定が難しくなります。また、温度変化 によって物性が変わる食品や、高温で失活する酵素には この方法が適用できません。
官能評価を評価方法とする場合、評価を行うパネル(パネリスト)が適切に訓練されているかどうかが重要です。パネルが適切に訓練されていない場合、評価の一貫性や信頼性に欠け、賞味期限の設定に影響を与える可能性があります。また、商品改訂時に保存試験を行うべきか、構成成分が類似している場合に保存試験を省略できるかといった判断も難しいです。さらに、何をもって『類似』と見なすか、その定義自体が問題となることもあります。加えて、使用する原料にもそれぞれ期限があり、保管期間中 に品質が変化する可能性があります。製品の充填や包装 前に保管される期間が異なる場合や、同じ中身でも荷姿 が異なる場合には、それぞれの状況に応じた品質管理 が必要となり、これが賞味期限の設定を複雑にします。製造する季節によって品質変化の度合いが異なります。また、地域によって平均気温や湿度が異なるため、賞味 期限の設定には地域特性を考慮する必要があります。特に、平均気温が日本より高い国へ輸出する場合、劣化 の進行が早くなることを考慮しなければなりません。前職で東南アジアのある国の法人が27℃や28℃を常温と見なしていると聞き、気候が異なるので違って当然であると納得した記憶があります。国内でも、製品が出荷されてから物流・保管、卸売・小売を経て消費者に届くまでの 条件は一様ではありません。
このように、賞味期限の設定には品質変化に影響を与える さまざまな要因を慎重に考慮する必要があります。その ため、保存試験を行い、設定した期限に安全係数をかけて、 短めに設定することが求められます。
賞味期限の設定に関する研究として、尾形らが行ったスモモジャムを対象とした研究4)や、石田らによる味覚センサーを用いた設定の研究5)などが発表されていますが、近年はそのような研究が減少しているようです。これは、食品事業者が自社内でノウハウとして蓄積していることが一因と考えられます。
一方で、賞味期限の延長に向けた多様な取り組みが進んでいます。背景には、農林水産省の輸出促進施策や、食品ロス削減への社会的関心の高まりがあり、これらは食品事業者にとっても重要な課題となっています。各企業は技術開発や製品改良を通じて、賞味期限の延長を目指しています。
その中でも、容器・包材の改良は重要な技術革新の一つです。酸素透過性を抑える特殊フィルムや、遮光性を高めるパッケージなど、新しい包材技術が次々と開発され、食品の酸化や光による劣化を防ぐことで、結果的に賞味期限を延長することが可能になっています。例えば、特定の酵素を使用して酸素の影響を排除する技術や、包材自体に抗菌性を持たせる技術が進展し、これにより食品の品質保持に大きな効果をもたらしています。
さらに、微生物制御の技術も進展しています6)。従来の保存料に代わり、天然由来の抗菌物質や静菌技術の使用は、食品の品質を保ちながら保存期間を延ばすための有効な手段として注目されています。また、食品の製造過程で微生物の増殖を抑える新しい技術として、例えば、特定の酵母や細菌を利用して食品内部の微生物環境をコントロールし、腐敗を防ぐ技術が開発されており、保存料の使用を最小限に抑えつつ、賞味期限を延長することが可能になり、消費者にとっても安全性が向上しました。
賞味期限の設定は、食品の安全性と品質を保証するために不可欠なプロセスであり、そのためには科学的かつ合理的な根拠が求められます。食品事業者は、より安全で高品質な食品を提供することが期待されており、賞味期限の設定はその一環です。近年の技術革新や賞味期限延長を目指す取り組みは、消費者にとっても大きな利点となり、さらに食品ロスの削減や輸出促進にも貢献しています。筆者は大学で賞味期限に関する研究を進めており、その成果を通じて食品産業に寄与したいと考えています。
出典
1) 消費者庁食品表示課,「 加工食品の表示に関する共通Q&A(第2集:消費期限又は賞味期限について)」(平成15年9月, 平成23年11月改正),
https://www.maff.go.jp/j/jas/hyoji/pdf/qa_ka_2_h2304.pdf( 2024年8月26日最終閲覧).
2) 厚生労働省, 農林水産省,「 食品期限表示の設定のためのガイドライン」(平成17年(2005年),
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_sanitation/expiration_date/pdf/syokuhin23.pdf(2024年8月26日最終閲覧).
3) 山﨑勝利, 朝田仁(2018),「賞味期限設定・延長のための各試験・評価法ノウハウー保存試験・加速 (虐待) 試験・官能評価試験と開発成功事例」(エヌ・ティー・エス).
4) 尾形美貴, 長沼孝多, 橋本卓也, 小嶋匡人, 樋口かよ, 木村英生(2021),「スモモジャムを対象とした賞味期限設定に関する検討」(日本食品保蔵科学会誌), 47 (1), p.37-45.
5) 石田一成, 櫛田麻希, 木村紀久(2017),「 味覚センサーを用いた賞味期限設定方法の検討」(群馬県立産業技術センター研究報告).
6) 藤原宏子,「賞味期限延長に向けた微生物制御技術」(食品と開発), 59 (7), p.11-13.